「人間は忘れる動物」

 

良くも悪くも

その通りではないでしょうか???

 

生物学的に言うなれば、

「忘れる」という特性はとても大事で、

もし全て忘れられなくなったとしたら

 

 

●友人(親)とのケンカ

●昨日、落とした財布

●好きな女の子に振られてしまった

 

というような

ネガティブな記憶と感情

常に覚えているコトとなり、

前に進めなくなってしまいます・・・・・

 

その為、

「記憶する」という特性と

「忘れる」という特性は

 

どちらも大事な特性ということになります。

 

 

「ただ、忘れてはいけない記憶もあります」

 

先日、

お正月休みを利用して仙台に行ってきました。

 

もうすぐ

9年が経ちますが、

東日本大震災が発生しました。

 

 

この震災により、沢山の方が亡くなりました。

そうでなかったとしても、

今まで住んでいた場所からの

移住を余儀なくされた方も沢山いました。

 

色んな方の人生が、

大きく変わった瞬間でもあります。

 

9年前のその日

自分は、千葉県柏市にいました。

仙台ではなかったですが、

 

電柱や路上の木々が

今までに見たコトもないくらいに

揺れていました。

「これは、尋常じゃないな」

と感じたのを思い出します。

 

戦争体験と同様に

これから、どんどん

そういった経験をした人は少なくなり、

当事者がいなくなってきます。

 

そうなると、

まるで違う国の話のようになってしまいます。

 

【人間は忘れる動物】

ってコトも理解したうえで、

自分自身・家族の中でも

風化させないよう、

仙台の荒浜地区へ行ってきました。

 

生憎、

休館日でしたが

【荒浜小跡地】を外から見学し、

直ぐ近くの海へ行ってきました。

 

 

太平洋に面しているので、

通常時でも波は高く、

近くのモニュメントを見ると

 

 

震災時は、

津波が約9mの高さまで襲ったとあります。

※マンションだと3階くらい

 

近くの木々も枝が無い状態。

 

 

約9年経った今でも、

震災の凄まじさを想像できます。

 

 

 

嫌な記憶は

消し去りたいトコロではありますが、

 

忘れてはいけないコトは

忘れる動物だからこそ、

忘れない工夫や努力は必要だと痛感。

 

この葛巻に住んでいると、

津波の心配は皆無ですが

他の震災のみならず、伝えていくことは多々あります。

 

どうやって伝えていくか

それはどんな意味があるのか

 

「伝える」コトを目的とするのではなく

「伝わる」コトを目的として何が出来るか?

 

多感な時期の高校生と

接しさせて頂いている以上、

地域の第3の大人として

その責任はあるように再認識した

今回の荒浜地区訪問でした。

 

 

「というようなコトを書いておきながらですが・・・」

 

1月18日(土)19日(日)には

センター試験が待ち構えております。

 

また、看護系希望者は

入試に臨んでいます。

 

ここばかりは、高校3年生の皆さん、

「忘れる動物」になってはいけませんね。

 

高校3年生が一生懸命、頑張っています。

 

自分とシッカリ向き合って、

前に進んでいってね。

 

こちらも緊張です。

 

今日は、こんなところ

おしまい